研究背景・目的
ニューロンレベルのミクロな活動がいかに人間レベルのマクロな行動に反映されるかは分野を超えたビッグミステリーですが、理解の程度が既存分野の域に留まっている現状があります。すなわち、医学や神経科学では微細な構造の説明に終始しがちで他者とのやりとりのようなマクロな構造に関する知見は少なく、また逆に認知科学や発達心理では行動観察が主であり、内部のメカニズムの説明に至りにくいのです。全体像を把握するには、学際融合が必須です。
私たちのグループはこれまで、脳神経科学や心理学などで蓄積された知見に基づき、様々なレベルの構造を有した計算機シミュレーションやロボットを実際に作ることを通じて、メカニズムの詳細部分から実際の挙動までの系全体を見ながら新たな理解を得ようとする試みを行ってきました。
本研究では、人間の認知発達の大基本問題である「自他認知」の課題に特に焦点をあて、
- リアルな身体を備えた脳の発達の大規模計算機シミュレーション、
- ニューロンの集団活動を脳波や脳領域の賦活として捉えるイメージング研究、
- 人間に酷似した筋骨格系ロボットの構築、
- ロボットを持ち込んだ二者間の相互作用の心理/社会実験を融合的に行いながら、
- 自他認知に関わる一連の発達過程の構成的理解を得、
神経ダイナミクスから社会的相互作用に至る過程の理解と構築による構成的発達科学を確立することを目的とします。
研究の方法
- 脳機能イメージンググループ
ミラーニューロンシステムや身体表象を中心にしたMEGやfMRIなどのイメージング研究を進め、自他認知の発達に絡む脳内機序のモデルを構築し、計算モデルにフィードバックします。
- 行動・心理実験グループ
乳幼児のリズム運動の行動学的解析や養育者との情緒的相互作用のモデル化と実験的検証を進めます。乳幼児の代わりに脳の計算モデルを実装したロボットを用いることで、そのモデルの動作も検証します。
- 脳発達シミュレーショングループ
EEG、MEG等で観測されるマクロな脳波レベルの反応が現れる神経系モデルを構築して、イメージング研究グループで行うタスクに合わせたものにします。
- ロボットプラットフォーム開発グループ
イメージング機器内に入れられるロボットや、より実際の乳幼児に近いロボットを開発し、実験に持ち込みます。
期待される結果と意義
人間の認知発達の大きなミステリーの一つである、自己や他者の概念がどのように構築されていくかの初期発達の構成的理解を得、神経科学に対してこれに関与する脳内ネットワークを示唆し、また心理分野には、養育者と乳幼児の間の相互作用の発達過程の説明が可能になると期待できます。また、このような新たな理解と同時に、将来人間社会に導入されると想定されるロボットの新たな設計原理をも生み出す可能性があります。これらの分野との強力な連携により新しいサイエンスの構築、すなわち、工学と科学の協働・融合による新たな学術領域「構成的発達科学」の確たる基盤を築き上げることが、学術上の最も大きな意義・インパクトです。