研究概要

本研究チームは、科学技術振興機構 (JST) 戦略的創造研究推進事業 CRESTにおける研究領域「人間と情報環境の共生インタラクション基盤技術の創出と展開」の採択研究課題です。

研究のねらい

現実の多くのシステムはシステム部品同士の自律的なインタラクションの結果として、部品だけでは持ちえなかった機能を持ちます。例えば、脳は神経細胞同士の電気的・化学的相互作用により、高度な情報処理を可能にします。また、多くの種の生物は個体同士のやりとりにより、集団としての機能を持ちます。システム部品間の微視的なインタラクションにより、システム全体の巨視的な時空間的構造が創発する現象を自己組織化といいます。一方、システム全体に環境からの拘束がかかった上での部品間のインタラクションにより、部品レベルで、あるいは、部分システムレベルで新たな機能が発現(機能分化)することがわかりつつあります。この拘束条件つき自己組織化は、インタラクションシステムにおいて部品がいかに機能分化し、新しい情報の創発エージェントになりえるかを研究する上での基盤となると考えられます。

本研究課題では、複雑な環境とインタラクションすることで機能分化し、環境に即時適応する人工システムを構築することを目標とします。そのために、

  1. システムに拘束条件がかかることで機能的なシステム部品(成分)が自己組織される原理は何か?
  2. 人間社会において個より機能の優れた集合知が可能か?

の課題を、脳領域間、個体内や個体間、集団内や集団間のインタラクションを解析することで解決していきます。これらの各レイヤーに共通の機能分化の原理をもとに各レイヤーで出現する情報構造を解析し、階層性の創出機構を機能分化の創発原理として定式化することで、インタラクションの新たな理解を提供します。それとともに、それを共生社会における人工システムや新たな社会コミュニティの設計に活用することを目指します。

 

研究の背景

十年前までの脳科学は、個々の脳の研究に限定され、インタラクションを考慮する研究は極めて少ないものでした。しかし、実際には、一個体の脳は身体を通して他者を含む環境にはたらきかけ、また、はたらきかけられるという相互作用が個々の脳機能に影響を与えると考えられます。すなわち、固定された機能を持つ脳が相互作用するのではなく、相互作用によって脳機能は変化します。

本研究チーム代表者である津田一郎教授は、これを数学的に定式化し、拘束条件付き自己組織化理論を提案しました。従来の自己組織化理論ではシステムが一定の環境と相互作用し、エネルギー散逸がある非平衡開放系になれば、ミクロレベルの原子、分子の相互作用がマクロレベルの時間空間秩序構造を形成します。非平衡環境下での多くのパターン形成がこの理論によって説明され、またナノレベルの分子集団に応用され新しい機能材料が作られてきました。これに対して、拘束条件付き自己組織化はシステム全体に環境からの拘束がかかったときに、システムがミクロレベルあるいはサブシステムレベルで機能分化を起こすことを意味する、いわゆる脳の機能分化や胚発生における細胞分化の機構に埋め込まれた数理構造を抜き出すことを目的として研究されてきました。

インターネット社会が到来し、環境そのものが非常に複雑で動的なネットワークになり、これら環境ネットワークに個々が組み込まれる形で従来とは質が異なる個体間相互作用が生まれ、インタラクションの機能的意味が大きく変容しました。特にIoT社会においては、人類がその複雑な環境の中で脳の能力を拡大するための原理を解明し、動的に変動する環境に最適化する技術を開発することは喫緊の課題となっています。

この観点において、個体が環境ネットワークに埋め込まれたとき、インタラクションによる新しい情報の創発が起きることでいかに個体の機能が環境に適合するように変化していくのか、またその時インタラクション自体がどのように動的に変化すればシステムの中の個体の機能は最適化され、心地よく環境の中で生きていけるのかという問題は早急に解決すべき課題であると考えます。このような背景のもとに、本研究課題では複雑な環境の中で個体がいかに機能分化し環境に即時適応することで新しい情報の創発エージェントになるかの原理を研究するとともに、それを実現可能な人工エージェントを試作します。

グループ構成

創発原理グループ(津田G)

従来の拘束条件付き自己組織化理論を、複雑なネットワークの拘束条件を変化させたときに起こる機能分化の変動の理論に発展させます。そのために、ラグランジュ力学の逆問題、変分評価関数の構成問題、幾何学的制御理論などによって数理理論を構築します。数理モデルとしては脳の機能分化モデルを確立することを目指します。これらを他のグループで研究する各レイヤーに適用し、その結果をフィードバックし、インタラクション創発原理を確立します。さらに、他のグループで得られるデータに対してトポロジカルデータ解析を行い、そのデータに埋め込まれた階層性を明らかにします。

脳領域間・ロボットグループ(河合G)

脳の機能分化・機能変態モデルの実現として発達ロボットによる脳機能分化・脳機能変態シミュレーションを行い、モデルを検証します。まず、身体を有する神経ネットワークモデルに対して、拘束条件付き自己組織化理論を適用します。その結果分化した機能をロボットの運動と対応づけることで、機能分化に基づくインタラクション理論を神経科学的・行動学的に意味付け、理論を強化します。さらに、本理論を実ロボットに実装し、ヒューマンロボットインタラクションにおける機能分化のための拘束条件を明らかにし、それがもたらす効果を検討します。

個体内/個体間グループ(菊知G)

高い時空間分解能を有する脳磁図 (MEG) を用いて個体内/個体間における相互作用を脳神経レベルにおいて検証します。人間において個体内で起こる機能分化を調べるためには、発達の途上にある子どもの脳機能計測が重要な意味を持ちます。特に、自閉スペクトラム症児と定型発達児を比較することで、(特異な)機能分化を神経ネットワークダイナミクスとして捉えます。また、親子を同時に計測可能なハイパースキャンMEGシステムを用いて、インタラクション中の両者の脳活動を計測し、対人インタラクションの脳神経メカニズムを明らかにします。

個体間/集団間グループ(松田G)

霊長類の個体間相互作用の研究を行い、霊長類におけるグルーピングの創発を分類し、進化的にヒトと近い霊長類のレベルで理論を実証していきます。二個体以上の霊長類によるインタラクション課題を通して、種に留まる、あるいは、種を超えた機能を同定します。また、集団間の検討として、ヒト以外の野生霊長類の階層社会の内部構造(血縁関係など)を明らかにします。複雑な階層操作に制限がある霊長類でしばしば観察される重層的で複雑な社会構造が創発する作動原理について調べることで、動物種に共通で普遍的な社会創発の作動原理を明らかにできることが期待されます。

集団内/集団間グループ(亀田G)

人間集団における多個体間相互作用を研究し、集団規範の創発を中心に、集団行動、サブグルーピングの発生や集団からの孤立エージェントの発生条件など集団の機能分化・機能変態の関係を探求します。近年、個人が確立されているといわれている欧米社会においても近視眼的なかたちで人々が付和雷同するヒステリックな集団行動などが頻発しています。健全なグルーピングの創発(グルーピング健全性)が、人においてどのように行われるかを実験社会科学により計測します。